5/3は盛岡大通へ行こう

復興支援チャリティイベント~6/6に田野畑村・普代村へ寄付金を届けてきました。

 

今回、お渡しした寄付金は下記の通りです。
 

田野畑小学校へ60,000円
田野畑中学校へ60,000円
田野畑村スポーツ少年団へ40,000円(4団体へ各1万ずつ)
普代小学校へ60,000円
普代中学校へ60,000円
普代スポーツ少年団(教育委員会)へ30,000円(3団体へ各1万ずつ)
の2市町村6団体へ 合計 310,000円です。
※うち 150,000円は、浜松市の「tetote」実行委員会からの寄付金です。

 
 

まず田野畑村へ
教育委員会の方に準備していただき、
8回目にして初、「贈呈式」なるものを用意していただきました。
教育長、村の広報もスタンバイという大がかりなもの。

 

会場は、アズビィホールという場所で
震災直後は避難所となった場所だそうです。
決して広いとはいえない校庭にも仮設住宅が建っていたのだと聞きました。

 

田野畑村ではちょうど震災が起きる1年前に
6つあった小学校を1つに統合し、高台にある町役場の隣に移転したそうです。

 

「6つあった小学校のうち、2つは確実に流された。統合が1年後だったらと思うと・・・」

 
現在の小学1年生は、2011年の震災後生まれ。

 

震災の実体験をもたない子どもたちが増えているため
小学校5年生のときに「語り部学習」をいれ、いかに伝えていくか
を大事にしているそうです。

こちら贈呈式後の記念写真

 

 

また、「田野畑村では実は泳ぐとこがないんだよ」という話を聞き、
贈呈式のあと、海岸の島越や羅賀へ行ってみました。
(小中ともプールがなく、岩泉や普代の海洋センターへ行っているそうです)

 

 

旧島越駅の昔と今。駅の前は海水浴場だったところです。
<震災前>


<震災後>現在は水門工事中

島越から羅賀へ移動。
その道中も、防潮堤工事だらけです。

 


羅賀荘にも3階まで水がきたそうです。

 

とにかく、浜がなくなった・・という印象です。

 

観光を考えれば海の景色は残したい
命を最優先を考えれば高い防潮堤を作るしかない。

 

「羅賀荘からと机浜番屋群からしか海は見えなくなるんでないかな」という
贈呈式で聞いた言葉が響く光景でした。

 
そして、普代村へ
震災で被災した岩手の12市町村のうち、ここ普代村は
死者ゼロだった村です。

 

その「普代の奇跡」を作ったのが、この普代水門
高さ15.5M 幅205M
1984年に完成し、費用は35億。
(正直いって、「思ったより小さい」印象でしたが
この水門が命を守ったのです)

 

震災発生時、遠隔操作が停電できかなくなり
久慈消防署普代分署の3人の消防士が手動で水門をしめたそうです。


しかし、この水門と中と外では、天と地
こちらは当時の広報に掲載されている太田名部漁港の様子

そして、この水門から、わずか100mの距離に普代小学校があります。
水門との距離が、あまりにも近く、驚きました。



隣の普代中学校へ

 

この普代中学校で、私たちは、大変貴重な経験をすることができました。
避難場所である三陸自動車道路にご案内していただいたのです。

 

普代小、中学校では毎年4月に
小学生105名、中学生56名全員で
自動車道路へあがる避難訓練をしているそうです。

 

校庭を抜けて裏山へ

笑顔で先導してくださる角掛校長

 


非常時はここを破って避難します。

今は、鍵をあけていただいて中へ

階段が108段

階段を上がると、高速道路の真横に広い空き地が確保されています。
ここが、非常時の第一避難所だそうです。
参考までに、津波注意報発令でここまで避難することになっているそうです。

 

「150人入ったら満杯になっちゃいますね」

 

今年4月の避難訓練では
全員が約7分でここまで避難することができたそうです。
「小学校1年生には、つらい距離ではないですか?」とお聞きすると
「中学生がきちんと世話をしますから」
とのこと。

 

通称「釜石の奇跡」でも同様の話を聞きましたが、

やはり日頃の訓練があってこそなんだと思いました。

 

そして、この日、1日、何度も聞いた言葉は

「まずは、命が大事ですから」

 

特に、大船渡で実際に被災している角掛校長の話は
ひとことひとこと重みがあり、
風化させないっていうのは、やはり実体験のある人の話を
聞くことなんだなと思いました。

 

その後、普代のスポ少を管轄する普代村教育委員会へも行ってきました。

 

 

これまで人的被害のなかった普代村の情報は
同じ岩手県人でもあまり入ってきていませんでしたが
今回、貴重な話と体験をすることができました。
あらためて、御礼申し上げます。

 

 

そして、いわて負けるもんかプロジェクトは
おかげさまで、
9市町の32団体へ1,782,000円の寄付をすることができました。
これまでの活動はこちらです
https://www.jyosi100.com/novia/activities/

 

朝ドラで「生きていればこそ、希望がある」というセリフを聞きましたが
この日、何度も聞いた「命が大事ですから」という言葉とリンクします。
元気な子どもたちの声は、いつの時代も「希望」です。

 

そして、震災を知らない世代へどう語り継ぐのかという
復興教育も次の時代へ入ってきているなというのを肌で感じて帰ってきました。

 

 

カテゴリー: 5/3は盛岡大通へ行こう |

復興支援チャリティイベント~5/3は盛岡大通へ行こう2018

本来ならば5月にやったことは5月中にUPしなければならないものを
ブログを頼りに年末になって一挙掲載しています。

 

とある番組で
「平成30年間は戦争はなかったけれども災害の多い時代でした」

とアナウンサーがコメントしてましたが
こうして2018年を振り返ると、たしかに天気に左右された感じがあります。

 

この8回目となるチャリティイベントも

天気予報を見ながら、無事開催できるのかどうか、本当に心配しました。

ひとことでいうなら

「雨ニモマケズ」 

 

これに尽きます。

 

 

「1日中、雨の予報」で
予定していた音楽、パフォ-マンス部門も中止、、
そして56店の予定だった出店者数も27に。

 

しかし、前日の天気予報は「昼から雨は降らない」
本来は、歩行者天国の路上でやるはずだった出店を
半アーケードの、雨に比較的ぬれない場所を確保しなおしました。

 

寒いなか、がんばってくれた27の出店者さんには感謝しかありません。

 

フリマブース

元気に「耳つぼほぐし」の「心(み)ココロ★」さん

高松にあるインドレストランカバブさん


バリの雑貨を持って出店してくれたヒジャウさん

あかちゃんギフト専門店hugMeeさん

手相占いの「婚活パートナー」さん

株式会社ベアーさん

田屋果樹園さん

今回、初出店の方

沿岸の障害者施設で作った食品を出店してくれた社会福祉協議会さん

雨のなかでも凛と立つポーラさん

アロマオイルとマッサージのピュアドリームさん

姿勢専科KCSセンター盛岡南さん

田野畑村から画家の佐々木琢磨さん

ほぼ毎年出店してきださるオネットさん

いわいずみ炭鉱ホルモン鍋発掘隊のみなさんは昨年に続いて出店

こちらも初出店です

ほんとに寒い中
みなさん、頑張っていただきました!

本部前はこんな感じで、仙北町の女将?ががっつり守ります

実行委員

当日、配布する1000部のクーポン付ちらしを必死で手渡しするY実行委員

 

そして、寒いなか、足を運んでくれたお客様、本当にありがとうございます。
おそらく人出としては、昨年の1/3ぐらいかと思いますが
声をかけていただき、力になりました!

 

1昨年も来てくれた双子ちゃんは今年は歩いてた~!

青森から秋田観光の途中で来てくれたご夫妻も!

 

 

 

この「5/3は盛岡大通へ行こう」は

震災のあった2011年から開始しているチャリティイベントで

岩手県内で被災した沿岸の全市町村へ寄付することにしています。

 

過去6回の開催で
7市町村の26団体へ1,472,000円を寄付してきました。

 
さて出店者数が激減した今回
果たしていくら寄付できるのだろうか?と危惧していましたが
広告協賛金と寄付金に助けられました。

 
というわけで
出店料 27店  74,100円
広告協賛金 25店  50,000円

<寄付金>
いわて復興エイド基金  30,000円
仙北町の小さなひな祭り 30,000円
他寄付金           21,981円
(出店者の方の売上からの寄付・街頭募金他)

 

合計 206.081円ものお金が集まりました!
第1回目の出店者の方が転勤先の浜松で
同様のイベントを開いてくださっており
浜松tetote実行委員会からも150,000円の寄付をお預かりしました。

 
6月初旬に
田野畑村の小中学校、普代村の小中学校、
さらに田野畑村、普代村のスポーツ少年団7団体へ寄付してきます。

 

雨と戦い
苦労の多かった分、いろいろな意味で思い出となるであろう8回目の開催。
たくさんの応援してくれた方々に感謝です。

<8回目にして初めて撮った実行委員の記念写真>

 

 

そして、2019年の年があけたら
またこの「5/3は盛岡大通へ行こう」の準備が始まります。
あと2回。2019年は県北では大変、被害が大きかった野田村へ寄付する予定です。

カテゴリー: 5/3は盛岡大通へ行こう |

復興支援チャリティイベント~「6/7に寄付金を岩泉町に届けてきました」~

ほんとうに1年近くたっているの?と愕然としました。
とくに安家地区。
復興というより、街の再生なのかな?
できるだけ、集約したい行政の本音と代々そこに住んできた人との思いもあり、

時間がかかります。
(2017年12/31つぶやき)

 

 

チャリティイベント「5/3は盛岡大通りへ行こう」の寄付金をお渡しに
6/7 岩泉町へ行ってきました。

岩泉町は、

東日本大震災では、海に面した小本地区が被災し、
そして、昨年の台風10号では、岩泉町全域が被災。
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201609/20160907_33015.html

 

この全域というのがまた本当に広い!
992.4k㎡で、本州一広い町で、

 

東京23区+横浜市とほぼ同じ。
もしくは、香川県のほぼ半分・・・

 

というのだけど、これだけではピンとこない。
東西に51キロ
南北に41キロ
車で走ってみて、

その広さがはじめて実感できる。
盛岡から1時間で岩泉町へ入るが、

そこからさらに1時間走ってもまだ岩泉町だ。

 

全半壊した家屋 700以上
欠損した道路は1035、梁16、

被害総額400億
私達がニュースでよく見たのは
入居者9名が亡くなったグループホームのある場所や
すぐ隣にある道の駅
けれど、あの場所は、岩泉町のほんの一部だということが
行ってみてわかる。
3/19に再開した龍泉洞

 

しかし、そのすぐ目の前はまだ工事中

昨年の岩手国体で野球の開催会場だったはずの楽天球場はこの通り

 

小本街道沿いには、家財道具だったガレキの集積所がある。

 

岩泉の中心地から車で北へ30分
安家地区にも行ってみた。
9か月後とは思えない景色・・・・。

 

 

 

岩泉町は
岩泉・小川・小本・大川・有芸・安家と6地区に分かれているそうで
この日、私達が見たのは
3地区

この広い地域の
いったいどう優先順位をつけて

復旧させるのか?
ほんとにほんとにまだまだ、
基幹道路以外は、道路や橋もまだまだこのような仮設です。

 
▼寄付をお渡ししてきました。
岩泉町への義援金として10万円

 

 

 

▼岩泉高校へ10万円
仮設住宅から通っている生徒が2名いるそうだ

 

▼そして岩泉スポーツ少年団へ12万

 

 

▼17時から練習していた子供たちと記念撮影
「グロ-ブ買ってもらえるかな?」とひそひそ話す子どもたちの
反応がなんともかわいい。

 


岩泉町役場前で記念撮影

 

震災後
「これが東京の銀座でおこったことだったら
もうとっくの昔に復旧してるよね」
という意味の発言を聞いたし、言った。

人口が少ない地域は
後回しにされてしまうのか?
それは仕方ないことなのか・・
震災の復興と重ねあわせて
いろいろ考えさせられました。

 

 

 

 

カテゴリー: 5/3は盛岡大通へ行こう |

復興支援チャリティイベント~「5/3は盛岡大通へ行こう2017」~

年が明けてだいたい2月頃から準備始めます・・・。(12/31つぶやき)

 

 

おかげさまで
7回目のチャリティイベントが終わりました!!

最高気温24℃・・・だったかな?
お天気に恵まれ、こんな感じ。

どこかの学生さんみたいなんだけど
着物をきて、そよそよと歩く一団が。。

今年は、最終的に、55店の方が出店!
「寄付先は、岩泉ですよ~」と叫んでみたら
その岩泉からも3店、出店していただきました!

 

 

いわいずみ炭鉱ホルモン鍋発掘隊!の皆様。
このメンバーのなかに、昨夏、台風10号のボランティアに行った時に

御世話になった方がいて、まさかの再会。

 

夏でも鍋なのだ!!
醤油ベースにコショウをたっぷりかけて食べる。
くどくない、さっぱり味。

 

おとなりは、さしはた牧場さん!
ヨーグルトとチーズを持って。
ヨーグルトというより、ムースか、レアチーズ。
まろやかで美味い。


 

 

もう一店舗は
LINK village さん
森林のなかで暮らすという新しいライフスタイルを作る・・
というコンセプトで活動してるそうで
さまざまな木工品を持ってきてくれました。

 

そして、今回は
新たに、「音楽・パフォーマンス部門」を創設。
野村証券前で3組の方々に、ご披露していただきました。

 

 

 

 

こちらは、優斗さん
アコステックギターです。
外見は、桐谷健太を優しくしたような感じ。
歌もやさしいーー。

 

 

次は、

ベリーダンス、フラ、タヒチアンダンス、

ズンバのショー

 

おおお、、、

ここが盛岡とは思えん。
リオ のカーニバルか・・・。

 

 

そして最後は、

檜山くんのパフォーマンス

 

彼は、ほんとに一心不乱に
踊ってくれました!

 

お天気が、良すぎて
とくに、Aブロックの中央通り側へ出店した方方は
「女子力アップエリア」なのに
アスリートのように滝の汗をかいております。
こちらは
1時間待ちの行列となった手相占いのチロさん

 

 

 

この「5/3は盛岡大通へ行こう」は

震災のあった2011年から開始しているチャリティイベントで

岩手県内で被災した沿岸の全市町村へ寄付することにしています。

 

過去6回の開催で
6市町村の23校へ1,152,000円を寄付してきました。

 

 

 

出店者募集から、
開催当日をむかえ、
実際に現地へ寄付をして
出店者や協賛してくださった方へ
現地の様子を伝えながら報告書を出す。
ここまでで、3か月かかります。

 

スタッフは、全員、完全ボランティア。

 

 

 

それでも
家族連れ、
帰省客、
犬を連れた散歩中の方
赤ちゃんから
おじいちゃん、おばあちゃんまで
大勢の人が、大通りで楽しんでいる様子を見ると
「ああ、今年もやって良かったなあ」と思います。

 

 

こちらは2011年からほぼ毎年出店してくださる
オネットさんチーム

 

ただ、一方で課題も見えてきました。

 

震災から、6年が経過すると
開催している目的が
忘れられて
単なる5/3のフリマと受け取る人も年々増えていってるような気がします・・・。

 

他のイベントとは違い
「マチナカで気軽に出来る被災地支援」という肝を、どうやって伝えていくのか。

 

 

それでも
パネル展示したこれまでの活動報告をじっくりと読んで
おもむろに、街頭募金していく方や
「ごめーん。さっぱり売れなくて~」と
いいながら、売上の一部を寄付してくれる出店者の方々
(全額寄付してくれる方も・・・)

 

「毎年、家族で来るよ」といってくれる方々
「楽しみにしてます」と声をかけてくれる方々
この5/3をきっかけに会い、
1年に1回だけ、大通りで会える方々。
いろいろな方に支えられて、継続できています。

 

 

というわけで
・出店料 55店 138,600円
・協賛金 30店 60,000円
・寄付金

浜松tetote実行委員会 100,000円
いわて復興エイド基金  50,000円
仙北町の小さなひな祭り 30,000円
他寄付金           44,723円
(出店者の方の売上からの寄付・街頭募金他)

 

合計 423,323円ものお金が集まりました!

 
ここから、経費 (74036円の予定)をさしひき
320,000円を6月初旬に岩泉町へ
寄付してまいります。
(29287円は来年度の準備金へ繰り越し)

 

<予定>
岩泉スポーツ少年団  120,000円
岩泉高校         100,000円
岩泉町への義援金   100,000円

ご協力してくださった方々、ありがとうございました。

 

カテゴリー: 5/3は盛岡大通へ行こう |

復興支援チャリティイベント~「5/3は盛岡大通へ行こう2016」~

GWの過ごし方は?と聞かれれば

ここ数年はこのチャリティイベントだ。

 

(今年は4月に起きた熊本地震への義援金募金もしました)

 

 

 毎年、3月から募集を始め

出店者が集まるかどうかで気をもみ

次に協賛店が集まるかどうかで気をもみ
そして開催当日が晴れるかどうかで気をもむ。

 

6回目の今年

出店者は55店となり、キャンセル待ちやお断りした方も5~6件

当日の朝まで「キャンセルないですか?」電話をいただいた。

そして心配していた天気も晴れ!!

 

GW中、「朝から晴れています!!」という天気は

5/3だけだったんじゃないか?

 

 

 

開始早々、人があふれ

美容系ブースも盛況。

 

 

手相占いは36人みたとか!

6時間飲まず食わずだったらしいです。。

 

 

クラフト品の他、このようなオリジナルのハガキや

 

 

 

鉢もある。

 

産直もある。
こちらピンクのリヤカーが目印、6回目の出店です!

本当に毎年、ありがとうございます。

 

昨年に続いてグルージャ盛岡ブースもあり

 

陸前高田ご出身のオーナーのキッチンカーもある。

 

 

今年は初の試みで

津軽三味線の藤原翼さんのストリートライブもあった。

 

フリマはこの通り大盛況

 

 

今年の特長は

SNSをみて県外からも出店があったこと。

横浜、秋田、仙台、鹿角、相馬から出店していただきました。

 達増知事も毎年、お顔を出してくれます。

 

 

 

この「5/3は盛岡大通へ行こう」は

震災のあっ2011年から開始しているチャリティイベントで

岩手県内で被災した沿岸の全市町村へ寄付することにしています。

 

しかし、もうひとつの目的は

「マチナカに賑わいを」

 

ふと気付けばこーんなに人、人、人

マチナカに人がでてるっていうのは

うれしいなあ。。。と

率直に思う。

 

 

 

今年は内丸の公会堂で

中川政七商店の主催の岩手博覧会を開催していたこともあり

盛岡駅~大通~内丸という人の流れがつくれたんじゃないかな。

 

 

というわけで
合計200114円ものお金が集まりました!!

 

<内訳>

チラシ協賛金 54000円

出店料    107700円
寄付金     38414円

(街頭募金+出店者さんの売上からの寄付)

熊本県への義援金  25288円

 

ここから15万、

浜松のクラフト展「tetoteへ行こう」からの寄付金15万とあわせ

宮古市のこどもたちへ30万寄付してきます。

 

関わっていただいたすべての皆様、ありがとうございました!

 

 

▼熊本県への義援金は5/6に振り込みしました。

 

 <6/2に宮古市内の5つの小中学校とフリースクール1校へ届けてきました>

寄付先は下記です。(1校あたり5万円)

赤浜小学校・津軽石中学校・田老第一小学校・田老第三小学校・田老第一中学校
不登校のお子さんの学習支援をするフリースクール花鶏学苑

今回、印象に残ったことは
震災から5年が過ぎて
「当時、沿岸へいた先生が少なくなっているんだなあ」ということです。
以前は、「震災時とは別の学校ですが、沿岸地区で3.11を経験した」
という先生が多かったのですが
「当時、私たちは内陸へいて、逆に生徒から教えてもらっています」
という声を聞きました。

 

そういう事情もあるのか、
田老第一中学校には、学内に「震災資料室」が設置され、
当時から現在に至る復興の写真やVTRが展示されています。

また
インフラが進む宮古市ですが
「それに心がついていけない大人や子供もいる」
との声です。

 

当時の隣り近所ではない
当時を知る先生がいない

 
「震災が、不登校やひここもりの原因になっている子供は
確実にいます」
「教育委員会が面倒をみてくれるのは中学校まで。
保健室登校で中学校の卒業証書はもらっても
そのあと行き場がないんです。」

 

そう語るフリースクールの先生の言葉は
これまで見えてこなかった震災後の課題を見たように思いました。

 

詳細はこちらをご覧ください。

 http://ameblo.jp/novia-jyosi100/entry-12169236084.html

 

 

カテゴリー: 5/3は盛岡大通へ行こう |